前回、合意形成の8つの工程を整理しました。
その中で、修繕積立金の値上げ議案が否決された話を書きました。賛成の頭数が、あと1人足りませんでした。
総会当日は、「値上げが急すぎる」「根拠や説明が不十分だ」という声が上がりました。でも、そこに至るまでの工程を振り返ると、もっと手前でつまずいていたことに気付きます。「修繕積立金が足りない」という危機感が、理事会の中だけで完結していたのです。
区分所有者に伝わっていたのは、値上げという結論だけでした。なぜ足りないのか、どれくらい足りないのかという、判断の材料になる数字が抜けていました。
今回は、合意形成の8つの工程のうち、いちばん最初の①現状把握の話です。
「足りない」は、感覚では伝わらない
「このままでは将来の修繕費用が足りなくなります」
理事会だよりや総会資料で、こういう一文を見たことがある方は多いと思います。私自身、理事として同じ文章を書いたことがあります。
でも、この一文だけでは、読んだ人は何も判断できません。いつ、いくら足りなくなるのか。今の積立金は、他のマンションと比べて多いのか少ないのか。危機感は、感覚ではなく数字で共有しないと、他人事のまま素通りされます。
現状把握とは、突き詰めると2つの数字と、それを測る物差しを揃えることです。
- 今、積立金がいくら貯まっているか(直近の収支報告書や決算書に載っています)
- これから、修繕にいくらかかりそうか(長期修繕計画に書かれている、今後の工事項目と概算金額の合計です)
- 物差しになる、国の目安額
最初の2つは、理事会の手元にある資料から拾えます。計画が古い、あるいは無い場合は、この数字自体を作るところから始まります。この3つが揃って初めて、「足りない」が具体的な金額と時期を持った問題に変わります。
「目安」という物差しを持つ
自分のマンションの数字だけを見ていても、それが多いのか少ないのか判断がつきません。ここで使えるのが、国が公表している目安です。
国土交通省は2024年6月、「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」を改定しました。実際に作られた366件の長期修繕計画の事例を集め、建物の規模別に積立金の目安額を示しています。
建物の階数と延床面積で5つに区分され、それぞれの専有面積1平米あたり月額の平均が示されています。
| 建物区分 | 平均(円/㎡・月) | 事例の3分の2が収まる幅(円/㎡・月) |
|---|---|---|
| 20階未満・延床5,000㎡未満 | 335 | 235〜430 |
| 20階未満・延床5,000〜10,000㎡ | 252 | 170〜320 |
| 20階未満・延床10,000〜20,000㎡ | 271 | 200〜330 |
| 20階未満・延床20,000㎡以上 | 255 | 190〜325 |
| 20階以上 | 338 | 240〜410 |
機械式駐車場がある場合は、積み立てておくべき修繕工事費として、方式によって台あたり月4,645円から7,210円を見込む必要があります。これに台数を掛けて総専有床面積で割った分が、目安額に上乗せされます。
自分のマンションの単価は、月々の積立金総額を総専有床面積で割れば出せます。この単価を目安と並べてみる。それだけで、「足りない」が「目安よりどれくらい低いか」という具体的な差に変わります。
ただし、これはあくまで平均と幅であって、正解の金額ではありません。建物の形状や設備、これまでの修繕履歴によって、必要な金額は変わります。目安を下回っているからといって即座に危機というわけでも、上回っているから安心というわけでもありません。最終的な金額の妥当性は、専門家に確認しながら詰めるべき部分です。
数字を、言い換えるのではなく並べる
長期修繕計画シミュレーター「SOLCUBE Cloud」で最初にできるのが、この現状把握です。
建物の情報を入れると、その場で30年分の収支をシミュレーションできます。手元にすでにある長期修繕計画があれば、それをアップロードして今の状態をAIで診断することもできます。
今の積立金残高、今後の工事費の見通し、そして目安との差。この3つを「足りない」の言い換えではなく、数字のまま並べて確認することができます。同じ画面にまとめることで、理事会の中だけで止まっていた危機感を、区分所有者と共有できる形に変えます。

画面はサンプル物件の表示例です。項目や数字の呼び方は実際の画面に沿っています。
前回書いた否決の議案は、振り返れば、この現状把握の共有が遅れていました。値上げの必要性そのものではなく、必要性を裏付ける数字の見せ方が足りていませんでした。
次回予告
次回は、②論点抽出です。数字を共有した後に必ず出てくる、値上げへの反対意見について書きます。反対意見には、実はいくつかの型があります。
前回の記事をまだ読んでいない方は、あわせてどうぞ。合意形成の8つの工程を整理しています。
あなたのマンションでは、今の積立金がいくらで、目安のどのあたりにいるか、把握できていますか。
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